hyaku-monogatari

 

■   クリちゃんのデジカメ散歩-12   ■

---- 2000,10,05 海老取川河口にて ----

 

 今日天気が悪いのは昨夜の天気予報で知っていた。日差しが無い分汗をかかずにすみそうだったが、雲が低く不安であった。
 何とかなると思い、デジカメをもって出かけた。池上から環八通りに出て蒲田を抜けて、京浜急行に乗った。元々の目標は糀谷付近の下町工場を見て回ろうと思ったのだった。
 糀谷で降りずに京浜蒲田駅から120円行けるもっとも先の穴守稲荷駅まで行ってしまった。そこから町工場を捜しながら歩いているうちに海老取川までたどり着いてしまった。


 
[ 周辺案内地図 ]

 この地図は古いので、羽田飛行場も沖合移転しておらず、京浜急行も工事中になっているのは致し方ない。現在は環八と産業道路との交差点にある大鳥居駅も地下化されている。
 駅を降りてから交差点を右左と曲がりながら何となく歩いていると堤防が見えた。地図上の丸印の場所だ。
 この地点で多摩川と合流している川が海老取川だ。


[ 海老取川 ]

 海老取川は多摩川河口すぐ近くで合流しているので、東京湾へ釣りにでるには良い基地となる。写真には2艘の釣り船しか写っていないが、周囲には多数の大小さまざまな釣り船があった。
 また船宿や釣り餌を売っているとの看板も目に付いた。写真左に写っている緑色の釣り船の脇に釣り人がおり、他にも何人かの釣り人がいた。
 なお、海老取川周辺は昭和30年代までは大森海苔の産地でもあった。


 
[ 多摩川河口を望む ]

 多摩川も河口になると川幅も広くなる。写真右下に黒く丸く見えるものが堤防で、左側から海老取川が多摩川に合流している。右の水面が多摩川で右端に少し写っているのは川崎市の工業地帯である。
 中央正面では多摩川の河口で東京湾である。河口左には羽田飛行場が写っており、点々と見える塔は飛行場の管制塔などである。
 羽田も沖合に移転してからは海老取川周辺では飛行機の音がとっても静かである。このときも飛行機の音よりも近くの道路の音が気になるくらいであった。


[ 新橋保線区長の看板 ]

 この場で周りを見回していると、おもしろい立て看板があった。
 JRの鉄路が地下を通っているとの看板だ。地図で確認すると、昭和島から海老取川に沿って川崎市日の出町の操車場へ抜ける貨物用の地下線路だった。
 でも、ボクがおもしろいと思ったのは、この場所が“新橋保線区”の管轄だってことだ。こんなところも「新橋」とはね。


 
[ 河川法と建築 ]

 ボクは、建築物とは建築基準法によるものと理解していたが、まさか“河川法”の規制を受けるとは知らなかった。
 たしかに、堤防のそばで穴でも掘られては堤防の強度も無くなってしまうからだろう。
 建築の設計や工事を請け負うときに、場合によっては安請け合い出来ない事もあるかと思う。何事も慎重となったほうが良いのかな。


[ 沖合移転で残されたもの ]

 この鉄骨構造物をなんだと思う。実はこれは以前広告塔で、羽田からよく見えたものだった。でも、羽田飛行場が沖合に移転し、飛行場から見えなくなってしまったのだ。
 土地の持ち主には広告塔設置料が支払われていた事と思うが、今はなんにも入らないのだろう。羽田沖合移転は良いことずくめでも、このように足下には変化が見られるのだ。

 上の写真も広告塔の鉄骨骨組みだけが残ったものだ。工事中の建物のように見えるが、立派な建物になっていくのではなくて、やがて消えていく運命なのだろう。


■ 海老取川豆知識 ■

 海老取川(全長2km)は川というよりも運河に近く、漁船の船だまりがあり、かつて漁師町として栄えた時代の風情をいまに伝えている。大森の海苔漁場や羽田沖の牡蠣養殖はもう無い。
 ボラやハゼ、メバルやギンポなどの魚が居て、エビやカニの仲間もたくさんいる。
 呑川で見られる(我が家の前でも見ることが出来る)コイは実は多摩川からこの海老取川を通り道にしてやってくる。
 海老取川は多摩川の河口に接しているので、東京湾の潮の満ち引きによる影響を受けている。潮の満ち引きに合わせて川に海水が流れ込み水位や塩分の濃さが変化する。このような川を“感潮河川”という。
 なお、海老取川が接する多摩川河口は六郷から羽田空港にかけて都内最大の河口干潟である。

 

追伸:目的の町工場を撮影出来なかったのは残念だった。帰りの道で元町工場が屋寝付き駐車場に変わっているのを見たが、日本産業界の二重構造の変化を目の当たりにしたとの感じだった。


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